どんなに忌々しい敵でも、友達になれる

とある高校で起きた奇跡の実話

世界から差別がなくならない。社会の分断は深まるばかりである。

ところで、あなたは知っているだろうか。数年前、とある高校の野球少年とサッカー少年が差別と分断を乗り越え、熱い友情を育んだ話を。

少年たちはわかっていたのかもしれない。この世の人間はみな、本質的には何も変わらないことを。ほんのちょっと、運命のイタズラで、バラバラの価値観を持つようになっていることを。

これから話すのは、本当に小さなグラウンドで、ボールも髪型も違う2人の少年が起こした奇跡の実話である。

グラウンドという名の係争地

私の通っていた高校は、真面目さと遊び心を兼ね備えたステキな学校だった。地元で一番の進学校で、毎年、有名大学の合格者を輩出していた。昼休みになると、購買の前はパンを求める学生でにぎわう。学校祭のフィナーレは、全校生徒で電気グルーヴの『富士山』を延々と踊り狂うのが恒例行事だった。

私たちはのびのびと青春を謳歌していた。そこは争いのない平和な環境だった。


ただし、グラウンドを除いては。


私の高校のグラウンドは、必要最低限のサイズだった。体育の授業で、なにかスポーツをやる分には十分な広さだった。体育祭のリレーだってできた。けれど、そこまでだった。さすがは進学校。放課後、野球部とサッカー部が共有するにはあまりにも狭いグラウンドだった。

グラウンド北側に本拠地を構えるのは野球部である。進学校とはいえ、強くなりたかった。一試合でも多く勝って、今年こそは長い夏にしたい。バッティング練習が必要だった。実際にボールを打って、遠くに飛ばすコツを身体に覚え込ませたかった。だけど、目と鼻の先には忌々しいサッカー部がいる。なぜ、あんなチャラチャラしたロン毛集団のために、我慢をしなくちゃいけないんだ。苦々しい気持ちで、素振りに甘んじるしかなかった。

グラウンド南側に本拠地を構えるのはサッカー部である。サッカー部は、県ベスト8の常連校だ。シンプルに、広いコートで一心不乱にボールを追いかけたかった。だけど、目と鼻の先には忌々しい野球部がいる。なぜ、万年初戦敗退の野球部のために、我慢をしなくちゃいけないんだ。今日もコートを狭めてミニゲームか…。ゲーム中、遠目から視界に入る坊主頭を蹴りたくて仕方なかった。


サッカーなんてクソみたいなスポーツはなくなればいい。

野球なんてクソみたいなスポーツはなくなればいい。


放課後、グラウンドは野球部とサッカー部で一触即発の状態だった。そこは、差別と憎悪が渦巻く係争地帯だったのである。

2人の外交官

野球部もサッカー部も、いがみ合うばかりが能じゃないことはわかっていた。いつも部活が始まると、両部から一人ずつ出し、その日のグラウンド利用権について交渉することにしていた。交渉には、野球部からは私、サッカー部からはMくんが臨むことになっていた。

アップ中のMに私が声をかけるところから交渉は始まる。Mは絶対に自分からは来ない。「野球部の井上ですけど…」と言うと、すごくめんどくさそうに私の方を向く。最初の頃、私とMは両部の隔たりを反映するかのように、素っ気なく、イライラしながら話していた。

しかし交渉を重ねるに連れ、不思議と、私たちは互いに心を許すようになっていった。

私は学校でMの噂を集めていた。すると、Mの知り合いは口を揃えて「Mは仲間に気遣いのできる、責任感が強い人間」と言うのだった。たしかに、私も、Mから「ウチとしては到底呑める提案ではないんだけれど、それだと井上の面目がないもんな〜」と気を遣ってもらったことが何度かあった。なんだ、サッカー部にもイイ奴がいるじゃないかと思った。

ある日、Mから改まった感じで「イノはイイ奴なんだね」と言われた。いつの間にか、私たちは相思相愛の仲になっていたらしい。

この頃からだろうか。グラウンドにはびこる差別と分断がとてもちっぽけなものに見え始めていた。これからは野球部とサッカー部が切磋琢磨する時代が来る、そう予感した。

スポーツを越えた団結の歯車が回り始めたとき、事件は起きた。

危機の13分間

さて、今日も異国の友に会いに行くか。私はそんな気持ちで、Mのもとへ交渉に向かった。狭いスペースで懸命にパス回しをするサッカー部員の中から、Mを見つける。

Mに声をかけようとしたそのとき、背後でカキーンという金属バットの音がした。振り返ると、ボールが放物線を描きながら、外野に飛んでいく。今日はまだ外野の利用権を取っていないはず…。野球部がバッティング練習をするなんて全く知らされていないサッカー部に向かって、勢いよくボールが降り注いでいく。私の知らぬ間に、野球部による「サッカー部掃討作戦」が始まってしまったのだ。

近頃、野球部はきな臭かった。大事な試合が近いのに、グラウンドが思うように使えず、チーム内でストレスがたまっていた。私は、外交官としての責任を感じていた。

でもまさか、こんなに早く作戦が始まってしまうとは。私の認識が甘かった。

Mが私のもとに近づいてくる。


「イノ、これは一体どういうことだっ!」

「ウチの部員に打球があたって、ケガでもしたらどうするつもりなんだっ!」


私はとにかく謝るしかなかった。


「申し訳ない」

「無理やりグラウンドを占拠し、君の仲間を危険な目にまで遭わせてしまったこと、本当に申し訳なく思っている」


「いや、これはさすがにないよ…」


怒って当然だよな、と思った。弁明の余地はもう残されていなかった。だが、そんなことより、Mからの信頼をなくしてしまったショックの方が大きかった。せっかく仲良くなったというのに、どうしてこうなるんだ。


「すまない、僕が部員をコントロールしきれなかった…とてもつらいよ…」


思わず、本音が出ていた。しばらくして、Mは落ち着きを取り戻し、いつも気遣ってくれるときの優しい表情で言った。


「…まあ野球部のキャプテンは血の気が多いし、イノも大変だよな。とりあえず、今日は野球部にグラウンドを明け渡す。明日はちゃんと交渉してくれよな。」


翌日、私とMは、またいつもと同じように、友達とのおしゃべりを楽しむように交渉を始めた。わたしの方は内心ドキドキしていた。けど、Mは普段どおり、気遣いと責任感をにじませた優しい表情で接してくれた。交渉は無事に成立した。

結局、Mと私は「部活が始まる前の5分間」に話すだけの仲だった。それ以上の関わりは全くなかった。それでも、私にとってMは、まちがいなく高校時代を彩る素晴らしい友人の1人である。

どんなに忌々しい敵でも、友達になれる

部活を引退するまで、私とMは、部の利権を主張し合う「敵」であることに変わりなかった。だけど、そこに「永久に理解できない相手」という意味はなかった。私はMとの交流で、どんなに忌々しい敵でも友達になれることを学んだ。

私とMは「相手から気遣いを受けたときの喜び」や「友を裏切ったときのつらさ」を、たしかに共有していた。私たちは本質的には全く同じ人間なのだ。選んだスポーツが違ったために、ほんの少しだけ差異が生まれてしまったに過ぎない。

人類はみな同じです。誰に対しても優しくしましょう。なんて言うつもりは毛頭ない。

ただ、あの日Mは私の「とても、つらい…」という言葉に人間レベルで共感してくれた。私もMのように些末な価値観の違いに囚われず生きてゆきたいと思う。そうすれば、またいつか素晴らしい思い出を作ることができる気がするから。Mと過ごした時間がそうであったように。

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