相談上手は、盛り上げ上手

Launch Meeting

zoomミーティングを立ち上げる。一足先に入室している人がいる。少し焦る。名前のところに「ゴ・シンイー」と書いてある。

ゴさんは中国からの留学生だ。これから僕の通う大学で研究するらしい。とても真面目で、zoom の時間に遅れたことは一度もない。日本に来たばかりというのが信じられないほど、ナチュラルに日本語であいさつを交わす。


「どーも井上サン、おはようございマス」

「あっあー、おはようおはようざいまっス。あのぉ遅れて…すみませんっス」


時間にルーズ。日本語もぎこちない。そんな「エセ日本人」大学生の僕が、ゴさんの留学生支援サポーターになって早一ヶ月である。

留学生支援サポーターは、週に1回、zoom で担当の留学生とコミュニケーションをとるのが仕事だ。授業の復習を手伝ったり、日常生活で困っていることを聞いてあげたりするなどして、1時間ほど会話をする。

ゴさんは中国出身、女性。日本のサブカルチャーとゲーム実況(おすすめは「キヨ。」YouTubeチャンネル)が大好き。ときどき、彼女から発される2チャネラーばりのネットスラングに驚かされることがある。一方、僕は小4から野球一筋のスポーツ人間だ。「焦ると語尾に『っス』をつける病」が治らない。

僕とゴさんは、国籍も、興味も、全く違う。そんな共通項ゼロの人同士で、1時間も会話をすることができるのだろうか。Launch Meeting のボタンを押すとき、僕はいつも緊張してしまう。 zoom が盛り上がるか、不安になるのだ。

しかし毎回、終わってみれば、あっという間なのだ。気付いたら1時間半も経っていた、なんてこともある。それはきっと、ゴさんが盛り上げ上手だからであると、僕は考えている。

ゴさんの相談事は尽きない

「何か困っていること、相談したいことありますか?」というセリフから、サポーターのお仕事は始まる。


「そデスネ、今日は3つほど相談したいことがありマス」


ゴさんの最大の特徴、それは相談事が尽きないことだ。zoomを開くたびに、ゴさんは新しい相談事を用意してくれる。しかも、毎度、複数個。日本に来たばかりだから相談事が多いのは当然と言えば当然かもしれない。しかし、以前に担当した留学生と比較すると、ゴさんの相談回数の多さは異常だった。

ある日、「大学の近くで、野菜の量り売りをやっているスーパーはありまセンカ?」という相談をしてきた。どうやら、中国のスーパーマーケットは量り売りが主流らしい。中国人のゴさんには、日本の「1袋◯円」みたいな価格設定が、少し不当に感じられるのだった。日本は袋売りが主流なんだ、ということを伝えると、ゴさんは納得したようだった。その後、互いの国のスーパーについて語り合った。けっこう盛り上がった。

ある日、「私、日本語メールの書き方を習ったことがありまセン。私のメールの書き方、大丈夫デスカ?」という相談をしてきた。「習ったことがない」と言っているが、ゴさんの日本語メールは文句の付け所がなく、美しい。文法は言わずもがな、宛名、はじめの挨拶など、日本の常識をしっかり押さえた書式になっている。ゴさんのメールにはなにも問題がないことを伝え、「心配なら、俺がレッスンしますよ」と言った。その後、メールの書き方レッスンが開催されることはなかった。しかし、ゴさんのメールは、気づいたら日本語の署名が付くようになるなど、勝手に、着実に進化していった。

結局、この日はメールについての相談をきっかけに、「先生にメールを送るのって、なんか怖いよね〜」と意気投合し、メール失敗談で盛り上がったのだった。

詰んだ〜と思いマシタっ!

忘れもしない相談がある。

その日は「オンラインで銀行口座を開設できなかったんデスガ、どうしよう?」と相談された。ゴさんによると、口座を開設するには電話番号が必要なのだが、彼女自身はまだ日本で使用可能な電話番号を持っていないということだった。

相談を受けたとき、僕はチンプンカンプンだった。アドバイスできるようなことを何も知らなかった。正直にそのことを伝えると、「ソウデスカ」と言った。「ごめんだけど、次の相談に移ろうか」と言いかけたとき、ゴさんが相談の続きを話し始めた。


「それで、電話番号を作るために携帯会社に行ったんデス。そしたら、店員さんにこう言われてしまいマシタ。『銀行口座がないと、電話番号を取得することはできません』と。ええどういうこと?日本では、銀行口座を作るのに電話番号が必要で、電話番号を作るのに銀行口座が必要なのです。詰んだ〜と思いマシタっ!」


画面の向こうにいるのは厚切りジェイソンなのか。 そう思わせるほど、よくできた異文化体験漫談だった。そして、なんなんだ。”Why Japanese people!?” ならぬ、「詰んだ〜と思いマシタっ!」って。決めゼリフまでばっちりじゃないか。というか、どこでそんな日本語を覚えたんだよ?w

このあと、会話は大いに盛り上がった。ゴさんは日本語を独学で習得しており、メイン教材は日本人のゲーム実況動画だったこと。「詰んだ」というネットスラングは、将棋の「詰む・詰み」が語源だということ。たった1つの相談、いや、座布団一枚な技あり漫談から、いろいろなことに会話が弾んだのだった。

相談上手は盛り上げ上手

ゴさんから相談されると、僕はとても嬉しくなる。ゴさんから相談されればされるほど、彼女が自分を頼りにしてくれていると感じられる。もっと良き相談相手になろうと思えてくる。意識せずとも、ゴさんの話に耳を澄ませてしまう。

相談には、無条件で相手に「聞きたい」と思わせる効果があるのかもしれない。相談は、たとえそれが秀逸な小咄でなくとも、「聞きたい小咄」として聞いてもらえるのである。

そして、相談には「自分を頼って来てくれたんだ。なんとか相談事を解決してやりたいなぁ」と相手に思わせる効果もある。僕たちは他人から相談されると、アドバイスなり助言を返して、ちょっとした「ヒーロー」になりたくなる。

相談は、無条件で「聞きたい」と思わせる話になるし、相手を「ヒーロー」気取りして気持ちよくさせるし、気づけば双方向のコミュニケーションまで成立させてくれる優れモノなのだ。ゴさんとのzoomが毎回盛り上がってしまうのも、そういう訳なのである。

ゴさん、これからも相談よろしくね。

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